今回のタイトルを見て半分ぐらいの人は何をいまさらと思ったに違いない。 フラクタルといえばすぐコッホ曲線やシェルピンスキー・ガスケット、そして Mandelbrot集合にJulia集合とどことなく怪しい雰囲気をもつ図形を連想するが、 じゃあ何の役に立つのと聞けばせいぜいありもしない山の稜線や樹々を作ってCG の背景に使うというところ。まあ、そう割り切って遊んでみればそれはそれで結構 楽しいものである。
ところが、このフラクタルに最近新手の応用があらわれて来た。フラクタル画像圧縮 というのがそれ。関係者の話を鵜呑みにすれば人の顔なんかは2Kバイトにまで圧縮で きると言うんだからこれは聞き捨てならない。山やシダの葉っぱは見るからにフラク タルしてるからできそうだとは思うが、どうして人の顔がフラクタル・モデルで記述 できるのかという点には素朴な疑問が残る。本当なら大変なことなので、あわてて 資料収集に取りかかった。
そしてわかったことは、この圧縮方法は決して昨日今日の話ではなく、1984年ぐらい からぼつぼつ文献が出ていること、そしてキーワードはIterated Function System (IFS)という一種のマルコフ過程で、それを反復して生成されるパターン (アトラクタと呼ぶ)を利用するということである。
つまり、目的画像があってそれをアトラクタをするようなIFSのパラメータを逆問題 として求めるわけである。一組のIFSパラメータは高々24個の実数であり、それで木の 葉程度は書けてしまう。普通の画像で1Mバイト程度の画像が2Kバイト程度まで落ちる そうである。もっとも圧縮−再生によって原画像はかなりのひずみを受け、写真が まるで油絵になって帰ってくる。しかも圧縮は対話的に人手を介して行われるという から、だいぶ話は色褪せてきた。しかし話はこれから始まるのです。
今年の6月にボストンで開かれた、とある学会で、この圧縮法の提唱者である ジョージア工科大学のM.Barnsley教授の話を聞く機会があり、最近の動向に触れる ことができた。最近の圧縮技術の紹介があって、先生自らの御真影の使用前後が示さ れた。
わずか2Kバイトに圧縮されたデータから再生された画像は、原画像として一見して 差がわからない。それで驚いてはいけない。彼氏曰く、すでにフラクタル圧縮のエ ンコーダ/デコーダのハードウェアが開発されており、それによれば一般電話回線で 毎秒30コマのモノクロ動画像が送れるというのである。
わたしはここではたと困ってしまった。というのは、この手の電話回線で動画像が 送れる「画期的装置」といった話は永久機関みたいなもので、ときどき業界紙を賑わ すけどいつのまにか消えていくものだから。でもBarnsley先生というのな立派な著書 もあり論文もいっぱい書いている偉い先生みたいだし(この世界、論文の数の多い人 =偉い人)...ならば論文を読むなり本人に聞くなりすればいいと言われるかもし れない。
でも、論文に書いてあるのは先に書いた油絵と木の葉の書き方だけ。どこにも顔の 写真の圧縮法は書いていない。当然みんなBarnsley先生に質問するわけだけど、 先生は肝心なところは一言”No comment”。しまいには講演会がほとんど喧嘩の様相 を帯びてきた。結局信ずる者だけが救われるというところか。これは一度実物を見て みたいと思いついついったん帰国。
そして8月、まったく別の学会でまたボストン、そしてまたBarnsley先生。今度は 大学ではなくIterated System Incという会社名でSparcStation-1の上でムービの ビデオを見せてくれた。全部ソフトでやっているから毎秒22コマしか再生できないん だそうだ。本当ならそれで十分ではないか。
突っ込んで質問したところ、500倍の圧縮は動画の場合でかつ誤差をかなり許す場合 だそうで、1枚物だと100倍以下になるとのこと。でも圧縮は完全自動になったという。 ただしハードウェア装置は来年にならないと出荷できないとのこと。もしこれを売り たいのならば。ここに連絡をくれ、とビジネス・コンタクト先が書いてあるリーフ レットまでも貰ってしまった。
結局、その雰囲気に乗せられて先生の本を一冊買ってその場を引き上げた。考えた ら、先生は本屋のブースでデモをして、そこで本を即売するという商売上手。わたし もそれに乗せられた口なんだろうか。結局、今回も半信半疑で帰国する事となった。
困ったときのネットワークだのみとばかりに、帰ってからしばらくの間junetに流れ てくるアメリカ国内のニュース(comp.graphics)を注意してながめていたら、やっぱ り興味を持ったのは私だけではなかったようで、しばらくそれに関する議論が続いて いた。これがまた賛否両論で、単純に信用する人と相手にしない人が半々という ところか、わかったことはどうもAT & T Pixel Machineという並列のコンピュータが あって、その上でもフラクタル画像圧縮のデモをやっていたというところから来てい るらしい。いずれにせよ、来年の前半には話が本当かどうかわかるわけだから楽しみ である。
ところで乗せられて買ってきた本であるが、Fractals Everywhere(Academic Press) というタイトルで結構おもしろい。先生の講義のテキストなのだが、まえがきに こんなことが書いてある。
「もしあなたが幼い頃にもっていた素朴な目を失いたくなかったらこの本を読まない ほうがよい。この本を読んでしまったら、世の中の全てのものはきわめてわずかの パラメータで記述できてしまうことがわかってしまいもうもとには戻れなくなって しまう。」
なかなかの自信である。残念ながら私はまだその域に達していない。