ちなみに、Boothの乗算アルゴリズムは、二つの補数表示された2進数を符号つきのまま乗じる高速アルゴリズムであり、昔は8bit×n bitを単位としたシリアル乗算器で実現され、その昔は、25MHzで1bit計算するLSIまでありました。このアルゴリズムはシリアルであるため、16bit×16bit乗算に1μsほどかかりましたが、それでも当時は、並列乗算器が1個10万円近くもしたため重宝されていたものです。しかし、LSIのスケールがどんどん大きくなった結果、シリアルに計算する必要がなくなってしまい、アルゴリズムそのものが忘れ去られようとしています。
また、Breshamのアルゴリズムは、2点を結ぶ直線上の点列を発生するアルゴリズムで、+1、−1と大小比較だけで2点を結ぶ直線を発生してくれる優れものです。昔は、CGの基本描画関数はソフトウェアで書かれることが多かったので、ステップ数の少ないアルゴリズムや整数計算だけでできるアルゴリズムが重要でした。しかし、今や基本描画は、CRTCがハードウェアで実行してくれるので、直線を引くアルゴリズムを考えている人はCRTCを設計する人ぐらいになってしまいました。
次に、CORDICは三角関数、逆三角関数、指数対数関数を計算するアルゴリズムです。このCORDICは、ArcTangentが乗算よりも速く求まるという、常識破りの性質をもっているので、それが発表されたときは業界が騒然とし、またアポロ宇宙船で使用するための電卓にも使われたというキャリアがあります。CRDICはCordinate Rotation Digital Computerの略であることからも察せられるように、直交座標系の座標回転を応用したものであり、関数計算だけでなく座標変換や複素数計算に応用できるもので、今でも時々学会論文などでその応用が発表されたりします。
これらは、いずれもマイクロプログラム用のアルゴリズムとして、ある時期には盛んに使われた由緒正しいアルゴリズムたちです。これらは極めて洗練されているが故に小規模なハードウェアでも実現でき、コンピュータや電卓の黎明期に盛んに研究されて使われていたので、当時のLSIの中にはきっとパターンとして残っていると思われます。
しかし、これらのアルゴリズムの面影をMS-DOSやUnixのライブラリ中に見い出すことは難しいでしょう。というのも乗算はハードウェア化され、Boothのアルゴリズムによらずとも数万個のトランジスタが力で計算してくれるし、超越関数もCORDICではなく、ごく普通の多項式近似で計算されていると思われるからです。
おもうに、ここ10年の超LSI技術の発展は、アルゴリズムの世界に関していえば、先人の知的生産物をことごとく無効化していったような気がします。つまり、アルゴリズムの評価基準が”質より規則性”というふうにシフトしてしまったわけです。もっとも、こういった知的生産物はそう簡単に消滅するものではなく、文献として、あるいはLSIの回路としてその実体を後世に残すというのはまさに化石そのものでもあります。
今、一番身近なエレクトロニクスといえばテレビということになりますが、この技術のエッセンスは今どこに蓄積されているのでしょうか?
最近のテレビを分解すると中に実装されているLSIの少なさに驚かされますが、液晶テレビなんていうものがある訳ですから実際のところ1.2個のLSIでもできてしまうんでしょう。LSIの恐ろしいところは、一度できてしまった後は、何も考えずに実装だけすれば製品ができてしまう点にあります。その後は、テレビ製造にはテレビ技術のエッセンスは不要になってしまいます。そして、技術のエッセンスはだんだんLSI開発部門にしか残らなくなり、当然ながらLSIの全ドキュメントは機械でしか読めませんから、開発者がいなくなった時点で残るのは、とても読めない回路図とマスク・パターンとなってしまうでしょう。
一般に、ある特定分野のLSIを開発できる技術者の数は驚くほど少ないものですが、それが少なければ、少ないほど、ある日突然その全員が死亡する確率が上がってくるわけで、技術のエッセンスを後世に伝える努力を本気で考える必要があるのではないかと思ってみたりしました。
西暦2991年のある日に、旧東京の秋葉原かいわいで微細加工を施されたシリコンの小片が発掘される。その頃にはシリコンのLSIなんてもうないので、いったいこれは何かという一大論争が巻き起こる。そこで二つの見解が出される。一つは新宿の高層ビル跡で発掘されたネクタイ・ピンに同様のチップがついていたことから、これは装飾品であるとする学説、もうひとつは、北海道の大学跡地から発掘されたチップ入りの円形透明プレート(GMICROの文字あり)との関連から宗教的儀式に使用されたものであるとされる学説。
1991年の今、同じような考古学論争をしていないという保証はどこにもないのです。